【映画レビュー】さよなら、僕の英雄——マッツが走り、飛び、壊れていく。

映画レビュー
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マッツ・ミケルセンが好きだ。それも普通の「好き」ではなく、東京コミコンやスター・ウォーズ セレブレーション2025、ハリコンイベントへ足を運ぶほどの、長年の熱狂的なファンだ。その自分が、6月5日の先行特別試写会でアナス・トマス・イェンセン監督の最新作『さよなら、僕の英雄』を観てきた。

結論から言おう。マッツの肉体表現は本物だ。車から飛び降り、2階から飛び降り、まるでダンサーのような身体で画面を支配する。でも映画全体として見たとき、クライマックスに辿り着くまでの霧の濃さが、この作品の評価を複雑にしている。

点数は70点。マッツへの愛を込めつつ、正直に語っていく。

作品基本情報
原題The Last Viking
邦題さよなら、僕の英雄
監督・脚本アナス・トマス・イェンセン(『アダムズ・アップル』監督)
主演マッツ・ミケルセン(マンフレル役)
共演ニコライ・リー・コス(アンカー役)、ソフィー・グローベール ほか
製作国デンマーク
上映時間116分
公開日2026年6月19日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
備考デンマーク実写映画の歴代興行記録を更新した本国大ヒット作

70 / 100

アクションとトラウマ描写は絶品。でもクライマックスまでの全体像の見えにくさが惜しい。それが正直な70点だ。

  • マッツ・ミケルセンの演技・存在感 5点
  • アクション・クライマックスの興奮 3点
  • 登場人物のトラウマ・感情描写 3点
  • ストーリーの分かりやすさ・全体像 2点
  • ラストシーンの余韻・満足感 4点

合計 18 / 25 → 換算 70点

あらすじ

強盗事件への関与で服役していたアンカー(ニコライ・リー・コス)は、15年の刑期を終えて家族の元に戻ってくる。彼が真っ先に向かう先は、投獄前に大金の隠し場所を知る兄・マンフレル(マッツ・ミケルセン)のもとだ。

しかし再会した兄は、別人になっていた。強盗事件で手にした大金の隠し場所を忘れているだけでなく、自分がジョン・レノンだと本気で信じ込んでいる。記憶の混濁、奇妙な言動、そして確かに残る人間としての温かさ——。

埋蔵金を探す旅に出た二人だが、その道中には彼らを追う者たちの影が迫る。旅はやがて、失われた大金を取り戻す話から、失われた自分を取り戻す旅へと変わっていく。

※あらすじは公開情報をもとにした概要です。核心的なネタバレは含みません。

📖 知っておくと楽しめる背景

アナス・トマス・イェンセン監督:『アダムズ・アップル』『アフター・ウェディング』(脚本)などで知られるデンマークの鬼才。シリアス・バイオレンス・ブラックコメディを独特のバランスで描く作家性で知られる。本作でもマッツとの黄金コンビが健在。

マッツ・ミケルセン:デンマーク出身。プロダンサー出身という経歴を持ち、その身体能力は折り紙付き。本作でもアクションを自ら体を張って演じている。

ニコライ・リー・コス:『ある愛の風景』などで知られるデンマークの実力派俳優。イェンセン監督作品の常連でもある。

良かった点:マッツの身体が雄弁に語る映画だ

  • マッツのアクションが圧巻——車から飛び降り、2階から飛び降りる
  • 個性豊かな登場人物たちの「笑えるのに痛い」描写が絶妙
  • クライマックスから最後まで、息をつかせぬ緊張感が続く
  • ラストのマッツの演奏シーン——登場人物全員に幸せな瞬間が訪れる

車から飛び降り、2階から飛び降りる——マッツの肉体表現が本物すぎる

マッツ・ミケルセンはプロダンサー出身だ。その身体能力の高さは各作品で証明されてきたが、本作でも健在どころか、さらに際立っている。走行中の車から飛び降りるシーン、2階から地面へと身を投げるシーン——スタント頼みではない、マッツ自身の肉体が画面に叩きつけられる迫力は、何度観ても目が離せない。

ダンサー仕込みの身体コントロールは、単なるアクションを超えた「身体表現」として機能している。暴力シーンでさえ、どこかリズムがある。それがイェンセン監督の演出とかみ合ったとき、スクリーンに独特の緊張感と美しさが生まれる。マッツのアクションを劇場のスクリーンで浴びるためだけに、足を運ぶ価値はある。

マッツの演技を深く知りたいなら、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『アナザーラウンド』が入門に最適。冴えないおじさん達が日常生活や仕事の中で少量のアルコールを摂取することで、冴えない日々を変えていく姿を描いた傑作で、本作との対比が面白い。

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個性豊かな登場人物たちが生み出す「笑えるのに痛い」空気

本作がただのクライムコメディに終わっていない最大の理由が、脇を固めるキャラクターたちの豊かさだ。マンフレルの失った記憶を呼び戻すため、自分をビートルズのメンバーだと信じている解離性同一症の患者たちとで、「ビートルズ」を結成する。

中でも自分をポール・マッカートニーだと信じている男性の歌声が本当に素晴らしく、思わず聴き惚れてしまう。そして笑えるのが、ビートルズの曲を練習しているはずなのになぜかABBAを熱唱し始めるシーン。しかもその歌が上手い。会場がじわっと笑いに包まれる絶妙な瞬間だ。

その周囲を彩るキャラクターもいい。何かにつけてIKEAを推してくる精神科医のどこか頓珍漢な存在感、一見仲睦まじく見えるが実は仕事が売れずに悩む旦那と密かに離婚を考えている嫁という夫婦のすれ違い、そして長年マンフレルを献身的に世話し続けてきたがアンカーのせいで辛い思いをしてきた姉の複雑な感情——。誰もが笑える側面と痛い側面を同時に持ち、それがイェンセン監督らしい「笑えるのに刺さる」世界を作り上げている。

クライマックスから先、怒涛の緊張感が最後まで続く

本作で最も評価したいのが、クライマックスに入った瞬間から最後まで途切れない緊張感の持続だ。終盤の大金を奪いに来た男の登場するタイミングから、観客の集中力は強制的に引っ張られ続ける。そして、前半の霧が晴れた途端に始まる怒涛の展開——これは劇場で体験してほしい。

試写会では会場全体が固唾を呑む瞬間が何度もあった。エンドロールが流れ始めたとき、隣の席の方が深く息を吐いたのが印象に残っている。それほどクライマックスの密度は高い。

ラストのマッツの演奏シーンが、全てを包み込む

ここは少しだけ触れておきたい。本作はトラウマを抱えた人物たちが、傷つきながら旅をする物語だ。その道中でどれだけの痛みが描かれたか——だからこそ、映画のラストシーン、マッツが演奏するあの場面が深く心に刺さる。

この映画に登場する人物たちは、それぞれに辛い過去やトラウマを背負っている。そんな彼らが、エンディングに向かうあの瞬間——誰かに解決してもらうのではなく、それぞれが自分なりの答えを見つけ、自分の足で一歩を踏み出している。その姿が、マッツの演奏をバックに静かに映し出される。押しつけがましくなく、説明もなく、ただそこに「それぞれの幸せな瞬間」が在る。この誠実な演出に、エンドロールが流れ始めた後もしばらく席を立てなかった。

悪かった点:「面白くなる前に迷子になりかける」問題

  • クライマックスまで全体像が掴みにくく、序盤〜中盤で置いてけぼり感がある

クライマックスまで、全体像が霧の中にある

これはイェンセン監督の作家性と表裏一体でもあるのだが、本作は物語の全体像がクライマックスに差し掛かるまでかなり見えにくい構造になっている。各シーンが何のために存在しているのかが分からないまま積み上がっていき、「あれ、これ面白いのかな?」と不安になりかける瞬間が中盤に何度かあった。

クライマックスで「そういうことか!」という快感はある。しかしそこに辿り着くまでのコストが、観客に対して少し高すぎると感じた。初見で全てを理解しようとすると疲れる映画だ。逆に「なんとなく観ていても後で繋がる」というスタンスで臨むと、また違った楽しみ方ができるかもしれない。

この映画の「核心」を知ると、見え方がまるで変わる

本作を観終わったあと、ひとつの確信がある。「なぜマンフレルはジョン・レノンだと思い込んでいるのか」「兄弟が抱える父親へのトラウマとは何か」「なぜマンフレルは犬を攫うのか」——この三つの謎の答えが分かった瞬間に、この映画は突然輝き始める。

それらの核心は、映画の最後まで正面から語られない。だからクライマックスに辿り着くまでは、「なんとなく不思議な兄弟の話」として少し面白味に欠ける時間帯が確かにある。しかしその空白を埋めてくれるのが、マッツのブラックユーモアと身体表現だ。謎が分からないまま観ていても、マッツのアクションと演技のおかしさと凄さで画面には引っ張られ続ける。

そして全ての謎が繋がった瞬間——「ああ、そういうことだったのか」という理解が、感情ごと押し寄せてくる。これはある意味で意図的に設計された体験だと思う。だからこそ、この映画は二度観ると全く違う映画になる。一度目に「なんだかよく分からない」と感じた場面が、全て意味を持って見えてくる。

こんな人に観てほしい / こんな人には要注意

マッツファンなら迷わず劇場へ

マッツ・ミケルセンのファンなら、これは絶対に劇場で観るべき一本だ。彼の身体能力と演技の幅を同時に堪能できる機会はそう多くない。「笑えるマッツ」「壊れていくマッツ」「戦うマッツ」——そのすべてが116分の中に詰まっている。試写会でマッツ本人が登壇した際の佇まいも含め、この映画は彼の”いま”を記録した作品として価値がある。

デンマーク映画初心者は「雰囲気で観る」覚悟を

イェンセン監督の過去作を知らない方は、序盤から「意味を全部理解しようとしない」スタンスで臨むと楽しみやすい。ブラックコメディとシリアスが行き来する独特のテンポは慣れるまで時間がかかる。でもクライマックスで全てが繋がった瞬間の快感は、そのコストを払う価値がある。

⚠️ グロテスク・残虐なシーンが苦手な方へ

これは悪い点というわけではないのだが、本作にはグロテスクな描写や残虐なシーンが含まれている。イェンセン監督の作風上、暴力表現はリアルかつ容赦なく映し出されることがある。ホラー的なグロさとは異なるが、血や暴力描写が苦手な方は心の準備をして臨んだ方がいい。逆にそういった表現に慣れている方には、むしろ作品のリアリティを高める演出として機能していると感じるはずだ。

📝 総評:「マッツへの愛と、観客への誠実さ」の70点

マッツ・ミケルセンの長年のファンとして、この映画は「観て良かった」と断言できる。車から飛び降り、2階から飛び降り、崩れていくマンフレルを演じるマッツの身体表現は、スクリーンで観てこそ意味がある。そしてクライマックスから先の怒涛の展開は、この映画を観に来た全ての観客への「ご褒美」だ。

しかし正直に言えば、その「ご褒美」に辿り着くまでの道のりは、もう少し道標が欲しかった。敵の動機の曖昧さと全体像の見えにくさは、純粋な楽しさを損なっている部分がある。

それでも、デンマーク映画史上の興行記録を塗り替えた本作には確かな力がある。マッツという俳優を、まだ知らない人にこそ観てほしい映画だ。この116分があなたにとっての「マッツ沼への入口」になるなら、それだけで十分に価値がある。

本作を観てマッツが気になったら——Amazonプライムでもっと観よう

Amazonプライムビデオでは現在、マッツ・ミケルセン主演作が複数配信中。アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した『アナザーラウンド』、北欧スケールの歴史アクション大作『プラハ・バトル・オブ・ライジング』など、本作とはまた違うマッツの魅力が堪能できる作品が揃っている。30日間の無料体験もあるので、この機会にぜひ。

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マッツ・ミケルセン登壇——あの夜の記録

6月5日の先行特別試写会にて、マッツ・ミケルセン本人が登壇。客席に向けての撮影タイムが設けられた。席が後方だったため距離はあるが、あの場の空気感が伝わる一本。スクリーン越しではなく、同じ空間にマッツがいた夜の記録として残しておきたい。

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